インスト曲 〜 それはバンドミュージックにおいて実力を測る試金石。
インスト曲 〜 それは人生の縮図、男のロマンである。
…という心にも無い文句はさておき、皆さんはインストゥルメンタルに触れた事はあるだろうか。
歌詞なし・歌なし・サビなし、という器楽性のみを全面に押し出した音楽形態であるが、ボーカリストというストーリーテラーがいない分、その曲の解釈は完全にリスナーの想像力に委ねられるという誠に敷居の高い音楽である。
人によって解釈が千変万化する様は、もはや枯山水の領域にあると言えよう。
中学生の頃だったか、初めてIRON MAIDENの「KILLERS」を聴いた時のこと。それが私のインスト初体験だったように思う。
リアルタイムで彼らの音楽を追っていたわけではないが、リリースからすでに10年経ったか経ってないかというタイミングにも関わらず、偶然テープかなんかで聴いた超名曲”Aces High”がハートと股間を絨毯爆撃した衝撃を忘れられないハナタレの私は、その曲だけですっかりMAIDENの虜になってしまい、近所のツタヤに彼らの作品を借りに行ったのである。
90年代のことである。メタルはかつての栄華を失い、「へびめた」なる蔑称もいつしか生まれ、それが影響してたのかどうかは定かではないが、ツタヤの洋楽コーナーがいやに寂しかったのをなんとなく覚えている。
洋楽コーナーの「あ」行を探すと・・・ABBAとThe Allman Brothers Bandの間で肩身の狭そうに「KILLERS」がちょこんと鎮座していた。
つーか、ちゃんと並べたげて。店員さんよ。
その店はメタル排斥の思想でも支持していたのかは分からないが、MAIDENのCDは私が見る限りその1枚しかなかったように思う。
しかし、私は二代目のボーカリストであり、MAIDEN黄金時代を築き上げた立役者であらせられるブルース・ディッキンソンの絶倫ボイス(本当に絶倫かどうかは知らんけども)に惚れ込んでいたため、オビタタキのメンバー表記にあるポール・ディアノという名前に、ちょっとガッカリしていた。それが初期の作品であることすら知らなかった私は、とりあえずレンタルして聴いてみることに。
インストはおろかプログレも知らない上に「曲」といえば当然、歌があるのだと思い込んでいた当時の私は、オープニングナンバーである"The Ides of March"に面食らった。
序曲であり、何かが始まる様な予感を感じさせる曲である。
「3月15日を警戒せよ」というセリフが有名な戯曲「ジュリアス・シーザー」との関連性、不吉な前兆・破滅的予感を感じさせる曲調の中に表れるマーチ調のリズムと3月の「March」を掛けていると思わせる洒落っ気・・など、色々と考察するのが普通の文化的な人間、そしてインスト曲に対する作法なのであろう。
なのにこの名オープニングを前にして、
「あ、あのーーーー、う、歌は?」
と、かつてラッシャー木村が殺伐としたリング上で「こんばんは」と発言したのと同じくらいトンチンカンな感想を漏らしたあん時の私。
若かったとはいえあまりの感性の死にっぷりに書いてて恥ずかしくなってきた。
そして続く"Wrath Child"、"Murders in the rue Morgue"。
ブルース時代、もっと言うと"Aces High"しか知らなかった私は改めてここでMAIDENの魅力に気づかされた。
ブルース加入以降、地球上のメタル青少年達が憧れ、目指す大英帝国の威厳を伝えるような王道のメタルを歩むことになったのはもはや天の理、地の自明であるが、このポール・ディアノという男の青臭そうなどこかやさぐれた風貌も相まって、この時期の彼らならではのパンク色の強さ、ルーツであろうプログレ風味という異色の掛け合わせは、現在の彼らをもってしても再現不可能な希少な音楽性であった。
そしてもう1つのインスト曲、"Genghis Khan"に辿り着く。
私はこの字面を初めて見た時、つーか世界中の誰もがそう思うかもしれないが、ディスコで一世を風靡したドイツのとあるグループのとある曲を思い浮かべた。
欽ちゃんの仮装大賞もかくやという気の違ったようなファッション。
そして独特のタイミングで発せられる「フッ!!ハッ!!」という合いの手(?)。
カバー曲をスタジオ作品に入れるというのは別に珍しくともなんともない。しかし、ディスコ定番曲とはいえこの珍妙な曲をMAIDENがやるのか?あのシラフとは思えないファッションをメンバーは容認したのか?と筆舌に尽くしがたい程いらん心配をしていた10代のボンクラをよそに、曲が始まる。
「ちょっ…あれっ?…Genghis Khan!??・・アレッ??!」
カバー曲と思い込んでいたボンクラに襲いかかる高速三連符のリフ&リズム。
プログレ×パンク×メタルという、それまでもそれからも、全く誰も真似出来ない境地からの不意の一撃である。
成吉思汗をはじめとしたモンゴル帝国の戦いぶりを表現したであろうこの曲は、並のロックバンドがやりがちな「曲間の一服の清涼剤」のような生易しい代物ではなく、四方八方から剣戟、槍衾、矢の応酬が浮かんでくるほどの激しく壮絶な展開を見せる。そして終盤にかけてどこか虚しくなるようなメロディを中心に、勝者なんぞいない戦の終結を迎えるような無情なエンディング。
死して屍拾う者なし。死して屍拾う者なし!
個人的にこの曲は、IRONMAIDENのルーツや美学、それまでのロック史を踏まえた上での彼ら流のアウトプット、ロック異端者としての矜恃を全て凝縮した超名曲だと思っている。
何より楽曲の世界観・表現の恐らく5割以上を担うであろうボーカルを抜きにしたインストゥルメンタルという、ほとんど縛りプレイと言っても過言ではない土俵で、これだけの想像力を掻き立てられる世界観を作り上げたその金剛力に感心したのである。
もちろん、「KILLERS」はインスト作品ではない。しかし、序曲としての"The Ides of March"で作品の顔つき、色合いを決め、中盤に突如ねじ込まれる"Genghis Khan"の壮絶さは、中盤以降がダレがちなメタルバンドあるあるに対する強烈なカウンターパンチとしての役割を見事に全うしている。
インストゥルメンタルは決して脇役ではなく、「作品全体を設計する裏の主役」であるということを首魁であるスティーブ・ハリスは当然フィーリングとして分かっていたのであろう。だからこそ他の曲が燦然と輝き、未だにファンから愛されるのではなかろうか。
この2曲がなければ、「KILLERS」はここまでの名盤たりえたかどうかは甚だ疑問である。
これまでのメタル史には、「IRONMAIDENっぽい」と呼ばれるバンドが雨後の筍の如く登場したが、結局は上っ面をなぞっただけのバンドがほとんどだったような気がする。
そしてその中に「インストだけで聴かせる」程の実力派がどれだけいただろうか?
かくして、私が音楽作品の世界観を批評する基準として、インストゥルメンタルを重要視するようになった記念碑的作品が、この「KILLERS」なんだが、近年ではあまり演奏されない模様。
こんだけ歴史の長いバンドともなると、セットリストに難儀するのは仕方ないとはいえ、残念至極である。
だからさ、IRONMAIDENのみなさん、せめて、ディスコの方の「Genghis Khan」、カバーしてくんないかな?
みんな、スティーブの、デイヴの、エイドリアンの、ヤニックの、
「フッ!!!ハッ!!!」
を聴きたがってると思うんだけど。
オレだけか?
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